「労働組合に捧ぐ」~元人事部長からのエール~(後編)
組合の健全性と存在意義
Oさん(元近畿コカ・コーラグループユニオン中央執行委員長)がよく「労働組合とは経営のチェック機能を果たす存在」「是は是、非は非という立場で会社と対峙する」と言っておられましたが、役員の全員がそういった意識で活動に臨んでいたと思います。
そういった姿勢だからこそ、たくさんの情報に接することができ、また健全な議論を通じて、多くの知識や気づきを得ることに繋がったのだろうと思います。
自分自身の経験だけを捉えると、労働組合の役員として過ごした5年間は、良いこと尽くめでした。
一方、労働組合にも健全性に問題がある組織が存在します。
ファイティングポーズ組合
未だ、会社・経営者に対して敵対姿勢を崩さない組合もあるのは事実です。無論、このような場合には、会社・経営者側にもブラック的な経営をしたり何らかの問題もあるのでしょう。
労使は対等な立場にありますから、これはこれで認められた権利です。したがって私がその組合の姿勢に対してとやかくいうことはありませんが、最初から対決姿勢ありきというのであれば違和感を覚えざるを得ません。
御用組合
一方、会社とは一切争わず、会社の施策に全面的に協力する姿勢の労働組合(いわゆる御用組合)もあると聞きますが、こういった組合にも疑問を感じます。
そんな組合の役員さんも選挙を経て役員に就任しているでしょうから、そこは民主的なのでしょう。
しかし、労働組合費を徴収して活動している以上、組合員の利益代表としての立ち位置も必要ではないでしょうか。
やはり是は是、非は非の姿勢が望まれると思います。
独り占めする役員
またある組合では、委員長や副委員長などのポストを一部の専従役員が長期間にわたり独占し、定年退職に至るまでそのポストを明け渡さないという話も聞いたことがあります。
そういった体制に批判的な人が立候補しようとするとそれを邪魔したり、そこに異論をはさませないように細工する(邪魔をする)のだそうです。
私物化する役員
さらに、一部の役員が労働組合を私物化している(組合の資産を私用に供している)という事例も聞いたことがあります。
例えば交際費と称して私的な飲食に用いているとか、組合の資産として購入した車両を特定の(一人の)人物が私的に使用しているというケースです。こうなると言語道断ですね。
あくまで組合員があっての労働組合。 その原則を忘れたのならば、もはや組織として存在する理由を失うのではないでしょうか。
労働組合は必要か
さて「もはや労働組合は存在意義を失った」という意見をよく見聞きします。 最近は春闘の前に「何%賃上げ」などと具体的な数値を会社から先に示すケースが目立ちます。
その数値に労働組合サイドが納得できるなら、春闘の意味合いが薄れ、ひいては労働組合の存在意義も問われかねません。
そして組織率の低下や健全性に欠ける組合の存在などもあり、「もはや労働組合は存在意義を失った」あるいは「労働組合を必要とした時代は過ぎ去った」というような声も聞きます。
本当にそうなのでしょうか。
私は、人事制度構築の専門家の立場から、そして、過去に組合役員の経験がある者として、さらに人事部の管理職として労働組合と議論を重ねた者としての意見として「健全な」という前提付きで労働組合は企業にとって必要な存在だと思っています。
私が思う「健全」とはこのようなことを指します。
- 特定の人が組合を私物化していないこと
- 活動内容(特に金銭の収支)を組合員に分かるように透明化してこと
- 一定の期間で組合役員が交代し組織内での新陳代謝が繰り返されていること
- 内部で健全な議論の場があり、民主的に議論が集約されていること
- 「闘争」や「対決」自体を目的としていないこと。一方、決して会社の御用組合にはならず、是は是、非は非の立ち位置を保っていること
労働組合も人事の専門家集団
そして人事部長を経験した立場では、このようにも考えています。
- 人事施策は「管理」と「動機づけ」の両面からバランスの良いものにしなくてはならない中で、どうしても人事部(会社)の視点は「管理」に偏ってしまう傾向にある。
- 人事施策の場合、その専門性の高さから当該施策の詳細部分について人事部以外の部門から口を挟まれる機会は極めて少ない。
つまり、人事部(会社)のスキルのみで施策が立案されてしまうので、結果としてバランスが悪くなってしまうのだと思います。
しかし、労働組合は、人事施策のもう一方の専門家集団でもあります。 その労働組合が「経営のチェック機能として、会社施策に足りない部分(この例では動機づけ部分)を質す」という役割を果たしてくれることでバランスの良い施策に仕上がる場面を何度も経験してきました。
このような機能を果たしてくれて、最終的な落としどころを一緒に探ってくれる組合は有難い存在だと思っています。
会社に無い福利厚生が魅力
労働組合として独自の福利厚生サービス機能を持っている組合も多いようです。
組合員なら誰でも利用できる保養所を独自に持っていたり、金融機関(ろうきんなど)を紹介してくれたり、組合員のプライベートな悩みの相談に乗ってくれる弁護士さんと顧問契約をしていたり、スポーツ大会をはじめとするレクリエーションがあったり。
私は組合の保養所を何度も利用させて頂いたし、プライベートな事情で組合を通じて弁護士さんを紹介してもらい、大変助かったことがありました。
一方、会社は社員に直接的に金融機関を紹介することは無いと思いますし、会社の顧問弁護士を社員に紹介することもありません。
このように労働組合は、会社に無い福利厚生サービスを独自に持っているのです。 組合員の労働条件の維持や向上が労働組合の役割であることは言うまでもありませんが、こうした個人では利用できない(しがたい)福利厚生サービス機能を持っていることは見逃してはならないことだと思います。
組合があることで助かった事例
次に、人事部の立場で、「組合があることで助けられた事例」をご紹介しておきたいと思います。
(1) 会社の代わりに説明してくれる
会社の経営に関わる重要事項や就業規則の改訂の際には、会社がまず各所属長を集めて説明し、各社員には所属長からその説明を行うのが決まりです。
しかし、恥ずかしい話ですが、所属長が事情や制度を詳しく理解していないということも多く、その結果、説明が曖昧になったり、分かりにくかったりということが多々あります。
一方、組合は組合の責務として社員(組合員)に同じ説明をしてくれるのですが、組合員が興味を持つところを詳しく、かつ分かりやすく説明してくれるので結局はこちらのほうが分かりやすかったということは何度もありました。
(2) クレームの前捌きをしてくれる
例えば、所属長のマネジメントに不満を覚えたり、不適切な言動を見聞きしたりした社員(組合員)は、組合の支部長などを通じて労働組合本部事務局にクレームを届けてきます。
これが、例えばコンプライアンス違反が疑われるなどの場合は、組合は会社に適切な対応を求めてきますが、そういった以外の軽微な問題(単なる言葉の行き違いによる不満など)は、組合が話を聞いてあげることで、不満が和らいだということがあります。
もちろん、会社への正式抗議や調査依頼に発展することもありますが、いずれもこういった前裁きをしてくれることで解決へスムーズに事が運ぶという事例も多々ありました。
上記、2つの事例をご紹介しましたが、こういった場面で労働組合が無かったら会社の負荷は大変なものになっていたということなのです。
人材育成の場でもある
さらに会社にとってプラスなことは、労働組合による組合員の(社員の)人材育成という機能です。
組合としての独自の必要事項として役員に対して教育を施すのですが、自分自身の経験からも、会社全体のことが分かったり、自身の業務のOJTでは学べないことを学べたり、議論や意見交換を通じてコミュニケーション力を養えたり、社内だけではなく社外にも人脈が広がったり、など組合の役員をしていたからこそ学べたことは多数ありました。
他の役員さん達も僕と同様に感じていたことと思います。
労働組合の中で、専従役員として活動する人の数はごく僅かです。組合役員の殆どは非専従、つまり社員としての業務をこなしながら組合の役員を兼務していることになります。
その非専従の役員さん達に、OJTでは学べない様々なことを組合が教育してくれます。無論、会社はそこに一切の費用を投じることがありません。
彼ら・彼女らが組合役員の経験を通じて学んだことは、会社の業務で活かしてくれるわけであり、これは会社にとってはありがたい以外の何物でもありません。
人材発掘の場でもある
執行委員会メンバーとは労使協議会などで直接の議論を行う関係にあるので、その人のスキルの程はある程度分かります。
執行部以外の中央委員会メンバーとは直接の関わりを持つことはありませんが、さすがにこのクラスの役員に選任されている人なら、一定の高い意欲やスキルの持ち主であると想像できます。
「社員のスキルは、人事評価を通じてしか分からない」 というのは表向きの話で、裏側では色々な手段を講じて社員の情報(適性やスキル)を集めます。
例えば、会社が主催する研修に参加してきた人を入念に観察し、その中で適性やスキルを測ることはその一つです。
上記の通り、労働組合の役員に目をつけることも同様です。
非専従であっても執行委員には触手を伸ばすことはさすがにやりませんが、それ以外の中央委員会メンバーの場合は、組合との調整を経た上で然るべき部署に異動してもらったり、管理職に任用したりすることもあります。
労働組合には申し訳ないことですが、労働組合とは会社にとっての人材発掘の場でもあるわけです。
人事部員も鍛えてくれる
ここまで労働組合が人材育成に取り組んでくれることや、人材発掘の場でもあることについて述べました。これは会社にとっての大きなメリットです。
加えて労働組合との議論の場は、人事部員にとっても絶好の育成の場になるということです。 労働組合に議論で負けないように自らを鍛え、そして議論を通じてさらに強くなれるわけです。
健全で強い労働組合は、強い人事部を作る役割も果たしてくれます。
私も同様に、人事部の部長代理、そして部長として事務折衝や労使協議会に臨みましたが、時には大いに反発され「見損ないました」などのショッキングなことを言われたこともあります。
しかし、その言葉をバネに取り組んだことが自分自身の成長に繋がったとも思います。 そういう意味では、「組合があって良かった」ではなく「組合が無いと困る」という考え方もしています。
労働組合は会社を強くする
さて、そろそろまとめに入ります。 ここまで考察してきたように、労働組合の存在意義は高いと感じています。だからこそ組織率低下に少し懸念を覚えています。
もちろん、どの会社にも労働組合があった方が良いと盲目的に考えているわけではありません。 私がよく知っている会社の中には、経営者が本当に社員を大切にし、その幸せを考え、適切な労務管理に取り組んでいるところもあります。
例えばそんな会社で、ある日突然に「組合を作りましたので団体交渉をお願いします」なんてことになったら、使用者(経営者)は戸惑うでしょうし、そういった水面下での行動は労使の信頼関係を棄損し、深刻な労使間の対立を生むことになりかねません。
そもそも、そんな会社では労働組合の必要性は無いのかもしれません。
いずれにしても、労働者が自らの意志で労働組合の存在意義を認め、それが必要であると考えるのであれば、社員会などの緩やかな形からでもいいので、組織化することを推奨したいと思います。
そして、メンバー間の議論を経て、皆さんの総意の元に労働組合にまで発展すればなおよいと思います。
前述したような「健全な労働組合」が増えたら、企業も絶対に強くなるのになあと思う今日この頃です。
(おわり)
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